私たちは、信州善光寺(以下、善光寺と記します)を世界遺産に登録しようと運動を始めました。広く、皆様方のご理解をいただき、この運動への前向きなご支援とご協力をお願いいたします。

善光寺は何故、世界遺産にふさわしいのでしょうか。それは善光寺が日本への仏教伝来の源流に位置するからです。インドに起こった仏教は、ヒマラヤの峰々を越え東漸し、砂漠や高原、平原を横切り、海を渡り、遙か信州の地までたどり着きました。善光寺のご本尊は日本最古の仏像と言われており、説話や史書に仏教の日本伝来の証を物語っています。

堂宇についてみますと、善光寺の創建は、白鳳時代の645年と伝えられ、わが国で最も古い時代に建てられた日本最大級の木造建築物で、その独特な優美さから国宝に指定されています。(現存する本堂は江戸時代中期の1707年建立。)本堂地下には戒壇めぐりの回廊があり、ご本尊と結縁し極楽への錠前に触れることができます。
信仰の拠り所として寺と信者なしには宗教は存続できません。善光寺は男女を分かたず、昼夜を問わず、宗派を超えて開放され、信者を受け入れて庶民の心の拠り所となってきました。江戸時代から「お伊勢参り」と「善光寺参り」は庶民の憧れでした。今に続く「善光寺講」は、その信仰の厚さを物語っています。そして、7年ごとに行われる前立本尊のご開帳や、江戸時代から江戸や京などで行われてきた「出開帳」も、宗派を超えて開放する善光寺の特長を示しています。

善光寺本堂から南に山門を下ると仲見世の賑わい。その左右に甍の波を連ねる39軒の宿坊は、落ち着いた佇まいの中にも華やいで、今日も善男善女を迎えています。善光寺とその周辺は世界的にみても優れた宗教と都市がミックスした稀有な生活空間を形づくっています。善光寺とその周辺は、年間650万人の人々を迎えて、まさに「生きている文化財」と言えるでしょう。それはまた、門前町・長野の街をつくり、産業と文化の発展を促してきました。

善光寺信仰の広がりは、ここ長野から全国に広がり、国内から台湾、ハワイなど海外にも広がっています。「善光寺」を名乗る寺は全国でその数150か寺あまり在り、善光寺信仰とその影響力の大きさに驚かされます。

そこで私たちは、このような観点から宗教的、建築的、文化的に優れた数々の特色ある善光寺とその周辺が、国内はもとより広く世界の人々に紹介され、ふれあいと交流の礎になることを願い、世界遺産に登録しようと運動を始めました。

善光寺がユネスコの世界遺産になるためには、その顕著な普遍的価値と登録基準への適合性、そして、他の類似物件との比較において優位性があり、世界遺産としての価値を将来にわたって継承していくための保護・管理措置が講じられていることが必要です。

こうした世界遺産への登録要件を満たし、日本政府の暫定リストに名乗りをあげ、文化審議会(旧文化財保護審議会)の審議等を経て、日本政府の推薦物件として、所定の書類をユネスコ世界遺産センターに提出する運びとなります。
2000年11月に開催された文化財保護審議会世界遺産条約特別委員会(座長 坪井清足元興寺文化財研究所所長など有識者10人の委員で構成)で今後、わが国が、5〜10年以内に世界遺産に登録予定の推薦候補物件を記載した「暫定リスト<世界遺産に未だ登録されていない「古都鎌倉の寺院・神社」、「彦根城」の2物件>」に加えて新たに「平泉の文化遺産」、「紀伊山地の霊場と参詣道」、「石見銀山遺跡」の3物件が追加選定されました。

善光寺とその周辺が世界遺産として通用する、顕著な普遍的価値は、回廊をもたない伽藍配置によって境内が昼夜を問わず開放され、宿坊、門前町を含めた宗教空間と町、つまり聖域と俗域が連続する構成によって、老若男女や宗派を超えた信仰の巾が広い日本有数の仏教建築であることです。世界遺産登録に向けて善光寺本堂や境内のさまざまな歴史的建造物がもつ文化財的価値だけでなく、善光寺信仰と深い関わりを持ってきた宿坊や門前町もその対象として考えていくべきだと考えます。それには、様々な条件整理と、世界遺産にふさわしい環境整備を進めていくことが必要です。
現在、善光寺周辺には39の宿坊があり、このエリアは木造建築群によって構成され、中には3階建の木造建築物があります。世界遺産登録に向けた条件整理を考えた場合、この地区は国の伝統的建造物群保存地区の選定を受け、歴史的景観の保全をしていくことが必要です。

善光寺周辺を取り巻く環境は、門前町として発展してきた歴史性を持ちながらも、近代化による都市景観の変貌、加えて近年の中心市街地の空洞化による衰退傾向という生活観の変化や歴史的文化的価値の希薄さが深刻化しています。観光客のための善光寺でなく、私たち市民の歴史的財産として、また人類共通の財産として、私たち市民が守り未来に継承し、後世に残していかなければなりません。

善光寺とその周辺のユネスコ世界遺産登録に向けて、登録範囲を具体的に、核心地域(コア・エリア)と緩衝地帯(バッファー・ゾーン)として明確に示す必要があります。上述の観点から、善光寺境内と宿坊群を中心に城山公園を含めた範囲を核心地域に、門前町と雲上殿、往生寺を含めた周辺エリアを緩衝地帯として考えていくべきではないでしょうか。

善光寺とその周辺は、歴史的環境との共生のもとに継続する内外の社会的、経済的及び文化的な力の影響を受けつつ時代を超えて発展し、信仰や宗教と関連する歴史と人間社会によって創り出された文化の例証であります。

善光寺とその周辺の環境保全の為に県と市の行政が一体となり、既成概念から脱却し、多角的、そして総合的に善光寺を取り巻く環境を総点検し、あるべき姿へと回復、そして、再生、保全をしていかなければなりません。 いまこそわれわれ市民は、宗教上、景観上、学術上、或いは歴史上などあらゆる視点から善光寺を見つめ直し、その顕著な普遍的価値や重要性の英知を結集して、世界にアピールすることが求められます。